こんにちは。相田ゆうです。

 

ちょっと前の体験をお話しします。

タイトルでお察しのとおり

ちょっと下品なお話で恐縮です(笑)

子供さんだったら食いつくかもしれませんw

お食事中の方は、終わってからが良いかと思います(m _ _)m

 

 

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少し前に、入院する出来事がありました。

その際にお薬の影響で、判断力が落ちることがあり

思考を奪われたような感覚になりました。

 

必要な入院で、自分で入院を決めたし

お薬も何のために必要で使ったかも

その結果としてそうなっていることも、

わかっているはずなのです。

 

で、そんな状態のときにトイレに行きたくなりました。

 

 

そもそも、トイレ行きたいなーと認識するまでが長い。

そしてトイレにたどり着くまでが長い。

ベッドを降りて立ち上がって歩く、というこの一連の動作を

いちいち考えて、どうするんだっけ?って確認して

わかるまでに時間がかかるんです。

 

入院時に案内されてわかっていた

自分が利用しているお部屋の構造が

わからなくなってしまった。

立ち上がってから、トイレがどっちにあったかも

また見回して確認する。

 

お薬の影響で視覚情報も曲がっちゃったのです。

広さも方向もわからない。

 

そんなことをしているうちに

立ち上がった理由がわからなくなる。

「ああ、トイレに行くんだったんだ」

そしてなんとかトイレにたどり着いて

下着をおろすのは、たまたまスムーズにできた。

 

でも、立ち上がれない。

下着を上げられない、という事態に。

自分が変になったと思って、混乱しました。

これが正常な状態で、同じように混乱していたら

泣いていたと思うのですが

感情も自分でよくわからない。

 

お薬の影響っていうのは

どこかでわかってる。

 

ナースコールもたまに視界に入り

「ああ、こういうときにこれ使うんだよね」

って思いながらも、

押す行動だけでなく、その前段階の「判断」ができない。

 

とっても不思議で怖い感覚でした。

いずれお薬が抜けたら治ることを知ってはいる。

でも、それもたまに頑張って思い出す感じ。

一生このままだったらどうしようっていう気持ちにもなる。

 

トイレで自分の下着を上げられない。

(物理的にだけでなく判断力が下がったという意味でも)

どうしたらいいかわかっているのにわからない、みたいな。

ダメな人になったような怖さ。

 

でも、怖いと思いながらも

怖いとき独特の、身体が「ギュッ」となる感覚がない。

感情が感情として身体に伝わっていない感じ。

感情が湧かない感覚が怖い。

 

ちょっと極端かもしれませんが

自分の人生を何者かに支配されたかのような気持ちになりました。

 

 

ふと

「もしかしたら、認知症の高齢者の方って

 こんな感覚でいるのかもしれない」

と思いました。

「ぼーっとしている中にも、不安や怖さがあって

 それが感情として形にならない、ということがあるんじゃないか。」

 

私は認知症になったことがないので、

認知症の方がどんな感覚を持っているか

本当のところはわからないので、あくまでも想像です。

 

ちなみに、この時どうやって解決したかというと

夜勤の看護助手さんが見回ってくれていて

ベッドにいない私に気づいて、トイレの外から声をかけてくれました。

そのとき、思考力が落ちている脳をフル稼働させて

「トイレにはいったけど、

 ここからどうしたらいいかわからなくなっちゃいました。

 手伝ってもらえますか。」

と言えたので、助けてもらえました。

 

普通に考えると、トイレから帰れないって

どういう状況だよって感じですが(笑)

真面目な話です。

 

この思考や判断力、行動ができない状態は

お薬が抜けるまで、なので

次の日には通常通り、

自分でトイレを済ませられました(笑)

 

この時のスムーズにトイレに行ける喜びが

冗談でなく、素晴らしく感動的でした。

本当に、雲の切れ間から

一筋の日の光が差し込む景色の中にいるようでした。

 

トイレ行きたいなって思って

自分でトイレ行こうって判断できて

そこまで移動ができて

ちゃんと服を準備できて

出すものをちゃんと出せて

(おしりもふけて)

その後、また服を整えることができて

手を洗って、元居た場所に戻れる。

 

そんなの当たり前じゃん、って思うじゃないですか。

ご病気になった方や、高齢になって介護が必要になった方が

「本当は自分でトイレに行きたい」って思って

頑張ってベッドから移動して、転倒してしまったりするけど

いや、ほんと、トイレは自分で行きたいですよ。

 

想像だけではなく

実際に自分でできない経験。

物理的のみならず

判断もできないことを体験したら

自分でできることが

どんなに素晴らしいかを実感しました。

 

今もあの瞬間を思い出して

泣きそうになります。

トイレに自分で行けて、用を済ませられるって

本当に素晴らしいし、幸せなことです♪

 

これだけ素晴らしいんだもの、

そりゃ子供ちゃんたちは

「うんこ」「おしっこ」って言って喜ぶよねー

って納得しちゃいました(笑)

 

 

トイレだけに限らず

私たちが普段当たり前のようにやっていることは

ひとつも当たり前のことはないのだと思います。

 

よくそう聞くし、そうなんだろうなって思うけど

経験しなきゃ実感できないものですよね。

今回の私のように。

できていることは、それが幸せだということに気づきにくい。

でも、幸せかどうかは

何があるから、ないから、ではなく

本当に自分が何をどう感じるか

ただただ自分次第なのだということも感じます。

 

よくいろんなところで言われる言葉ではありますが

(相田みつをさんのポエムにもあるし)

改めて実感したので、書いてみました。

 

 

お読みくださり、ありがとうございます(^^)

 

 

 

文責:相田ゆう

 

 

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